東京高等裁判所 昭和45年(行ケ)80号 判決
一 本件発明についての特許庁における手続の経緯、発明の要旨および審決の理由に関する事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決に取消事由があるか否かについて判断する。
1 まず、審決が引用する米国雑誌“THE BELL SYSTEM TECHNICAL JOURNAL VOLUME XXXIX JULY 1960 NUMBER 4”記載の技術内容を検討するに、成立に争いのない甲第二号証によれば、右雑誌は、一九六〇年(昭和三五年)七月号のアメリカン テレホン アンド テレグラフ カンパニーが著作権を有する技術雑誌であるが、審決が引用したのは、そのうちの“The TJ Radio Relay System”という論説(以下、これを引用例という。)であつて、引用例には、極超短波帯における無線中継方式であるTJ無線中継方式(以下、TJ無線中継方式という。)における、部分帯域、個々のチヤネルおよび個々のチヤネルに対する局部発振周波数の周波数軸上における順序づけないし配置関係についての記載があり、局部発振周波数がつぎのように配置された周波数割当計画が示されていることが認められる。
すなわち、一〇七〇〇メガサイクル(メガヘルツ)から一一七〇〇メガサイクルの共通搬送波帯域を、九〇メガサイクルの周波数間隔をもたせて二個の部分帯域に分割し、さらに各部分帯域を、中心周波数間隔が四〇メガサイクルの周波数間隔を有する審決認定のようなそれぞれ一二個、合計二四個のチヤネルに分割し、特定の中継区間をとつてみれば、審決のいうように、うち一二個のみが使用されるため、前記部分帯域間の周波数間隔は一三〇メガサイクル、個々のチヤネル間の周波数間隔は八〇メガサイクルとなり、周波数上、低い方の部分帯域のうちの上の(高い)一部のチヤネルおよび高い方の部分帯域のうちの上の(高い)一部のチヤネルに対するそれぞれ個々のチヤネルの局部発振周波数を個々のチヤネルの中心周波数以下に選択し、周波数上低い方の部分帯域および高い方の部分帯域内の周波数上低い方に置かれた残りの一部のチヤネルに対するそれぞれ個々のチヤネルの局部発振周波数を個々のチヤネルの中心周波数以上に選択する周波数割当計画である。
右のTJ無線中継方式における周波数割当計画によると、送信周波数と受信機側のイメージ周波数(影像周波数)がほぼ一致することによる妨害(原告のいう妨害(ロ)。以下、妨害(ロ)という。)は、発生しないように構成されていることが明らかである。これを具体的にみると、たとえば、中継局Qの受信チヤネル12B(高い方の部分帯域のうち一番下のチヤネル)の受信周波数は、一一二八五メガサイクル、その局部発振器による局部発振周波数は、一一三五五メガサイクルとされており、中間周波数は、七〇メガサイクルであるから、そのイメージ周波数は、一一四二五メガサイクルであるのに対し、送信チヤネル5A(低い方の部分帯域のうち一番上のチヤネル)の送信周波数は、一一一五五メガサイクルであるから、両者の周波数間隔は、二七〇メガサイクルにもなるので、各チヤネル間の周波数間隔が八〇メガサイクルであることからみても、前記妨害(ロ)は発生しないものと認められるからである。
ところが、従来は、局部発振周波数を対応するチヤネルの中心周波数の上下いずれか一方に選択していたことは、原告も自認しているが、TJ無線中継方式の周波数配置関係において、いま、仮に、中継局Qの受信チヤネル12Bの局部発振周波数を引用例記載の、上側に配置する方法とちがつて、従来の配置方法に従つて下側に七〇メガサイクル差の一一二一五メガサイクルにしたとすると、そのイメージ周波数は、一一一四五メガサイクルとなるから、このイメージ周波数と送信チヤネル5Aの送信周波数一一一五五メガサイクルとの周波数間隔は、僅か一〇メガサイクルとなる。
しかして、成立に争いのない乙第三号証の二(「FM通信」)によれば、この種の周波数変調多重通信方式における所要伝送周波数帯域幅は、「最大周波数偏移」と「変調信号最高周波数」の和の二倍として大過がないとされていることが認められる。そして、引用例記載のTJ無線中継方式における最大周波数偏移は、引用例の第八三三頁(成立に争いのない甲第五号証)第七図右下方のAFCデイスクリミネータ特性曲線からみて、約四メガサイクルと認められ、また、成立に争いのない乙第一号証の二である引用例の第八二一頁および第八二二頁には、「このTJ無線中継方式は、一〇七〇〇ないし一一七〇〇メガサイクルの共通搬送波周波数帯において稼動する広帯域マイクロ波施設である。これは多重チヤネル電話回線またはテレビジヨン回線のいずれか一方の短距離伝送のために特別に設計されたものである。」、「ベルテレホン研究所の無線研究グループによる可能性テストおよび当電話会社と協同してなされたシステムエンジニアリング研究は、中継器毎に、または選択的に回線の分岐および挿入を許容し、かつ単色テレビジヨンまたはNTSCカラーテレビジヨンを伝送できるところの新規かつ経済的な短距離方式の可能性および必要性を示唆した。」との記載があり、さらに「改訂テレビジヨン工学」第五四二頁(成立に争いのない乙第四号証の二)第四・四図に示されたカラーテレビジヨンの周波数分布からみると、NTSCカラーテレビジヨンの変調信号最高周波数は、六メガサイクルであると認められるから、TJ無線中継方式における変調信号最高周波数も少くとも六メガサイクルであることが窺える。
したがつて、引用例記載のTJ無線中継方式における所要伝送周波数帯域幅は、少くとも二〇メガサイクルであることが認められる。
そうすると、前記のような従来の局部発振周波数配置方法のもとでは、チヤネル5Aの送信周波数と受信チヤネル12Bのイメージ周波数との間隔は、前叙のとおり僅か一〇メガサイクルしかなくなるのであるから、TJ無線中継方式においては、部分帯域間隔が、一三〇メガサイクル、各チヤネルの間隔が八〇メガサイクル、中間周波数が七〇メガサイクルであるとしても、送信周波数と受信機のイメージ周波数がほぼ一致することによる妨害(ロ)は発生することになる。してみると、引用例記載のTJ無線中継方式における周波数割当計画は、従来の局部発振周波数の選択によつては確実に発生したであろう前記妨害(ロ)を除去する機能を有していることは明らかである。
たしかに、引用例には、文言上、右の妨害除去についての明白な記述はないけれども、妨害ないし混信除去の課題は、伝送計画ないし周波数割当計画の作成にあたつては、つねに考慮されるべき基本的事項すなわち技術常識であることに鑑みれば、前記認定のごとく、TJ無線中継方式における周波数割当計画によつて、従来の配置方法では発生したであろう妨害(ロ)が現実に除去されている以上、引用例記載のTJ無線中継方式の周波数割当計画には、妨害除去の技術思想が含まれているものと解するのが自然である。
この点、原告は、TJ無線中継方式には、妨害除去の意図は存在しないとし、局部発振周波数の位置を従来の方法とちがえて上下にずらした理由として、発振管クライストロンをなるべく狭い同調範囲で使用しようとしたことによるものと推察できると主張する。しかし、成立につき争いのない乙第一号証の三(引用例第八三〇頁下から二行ないし第八三二頁三行および図面第六図)によれば、WE四四五Aクライストロンが送信機クライストロンとして使用される場合には、一〇七〇〇メガサイクルから一一七〇〇メガサイクルの周波数範囲に亘つて、〇・五ワツト(五〇〇ミリワツト)以上の出力を与え得るものであり、さらにもつと広い周波数範囲に亘つても、〇・五ワツト(五〇〇ミリワツト)以上の出力を確保し得ることが認められ、五〇ミリワツトの出力しか要求されない受信機用クライストロンがより一層広い周波数範囲において使用し得ることは、さらに明白であるから、これを「狭い同調範囲に使用」すべき要請から局部発振周波数の位置を上下にずらしたものとは考えられず、原告の右の主張は、到底首肯できるものではなく、前記判断を左右するに足るものでもない。
そこで、以下原告指摘の取消事由について順次検討する。
2 (取消事由(一)について)
原告は、審決が引用例記載のTJ無線中継方式においても、送信側に局部発振器が使用されているものと誤認し、この誤つた理解を前提としたためにTJ無線中継方式における妨害除去機能を誤つて肯定するに至つた違法がある旨主張し、引用例記載のTJ無線中継方式は送信側に局部発振器が使用されていないベースバンドタイプ中継方式であることについては、被告もこれを認めるところであるから、審決は、TJ無線中継方式における送信側の構造の一部について誤つた認定をしたものといわざるをえない。
そこで、右の認定の誤りが引用例記載のTJ無線中継方式における前記周波数割当計画のもつ技術思想の認定に影響を及ぼすか否かについて検討する。
前叙のとおりTJ無線中継方式における中継局の送信側には、ベースバンドタイプの送信機が用いられ、送信側には局部発振器は使用されていないから、受信周波数と送信局部発振周波数がほぼ一致する妨害(原告のいう妨害(イ)。以下、妨害(イ)という。なお原告のいう妨害(イ)、(ロ)と、審決中に妨害(イ)、(ロ)と表示されているものとは、対応しない。)が発生しないことは当然である。また、中継器のタイプとしてのベースバンドタイプとヘテロダインタイプとは、いずれも周知で、互いに置換可能であることは、原告も自認するところであり、いま、仮に、TJ無線中継方式において、ヘテロダインタイプの中継方式が採用されて送信チヤネルに局部発振器が使用され、しかも従来どおりの方法で局部発振周波数を選択したとしても、送信局部発振周波数そのものによる受信周波数に対する妨害(イ)が発生しないことは明らかである。すなわち、チヤネル12B(一一二八五メガサイクル)の局部発振周波数をチヤネル中心周波数の下側(一一二一五メガサイクル)に選択した場合においても、TJ無線中継方式は、高低二つの部分帯域間の周波数間隔が一三〇メガサイクル、各チヤネル間の周波数間隔が八〇メガサイクルであり周波数間隔が広いので、受信チヤネル5A(一一一五五メガサイクル)との周波数間隔が六〇メガサイクルあることになり、また、前叙のごとくTJ無線中継方式における所要伝送周波数帯域幅は二〇メガサイクルであるから、送信局部発振周波数そのものによる受信チヤネル5Aに対する前記妨害(イ)は、元来発生しないのである。
この点については、審決(成立に争いのない甲第一号証)も「引用例のものにおけるが如く、上下二つの部分帯域間の周波数間隔が一三〇メガサイクル、かつ中間周波数が七〇メガサイクルとなつている場合には、従来例における如くチヤネル12Bの局部発振周波数をチヤネル中心周波数以下の側に選択した場合(以下、これを仮設という。)に、局部発振周波数そのものによるところの、受信チヤネル5Aに対する妨害は、なるほど請求人主張の通り、常に現われるとは限らないだろう。」(第五丁表七行ないし一六行)と記述して、結論的には右と同旨の判断を示している。これを要するに、引用例記載のTJ無線中継方式において、部分帯域の間隔および中間周波数が前記のとおりであることからして、送信局部発振周波数そのものによる受信チヤネルに対する妨害(イ)は、送信側に局部発振器があろうがなかろうが、常に発生しないものであるということになる。
したがつて、審決には、TJ無線中継方式における送信側にも局部発振器があるものと認定した点で誤りがあるとしても、このことが、引用例記載のTJ無線中継方式における前記周波数割当計画のもつ妨害除去に関する作用効果の認定には何ら影響を与えないし、TJ周波数割当計画には、妨害除去の技術思想が含まれているとの前項の判断にも影響を及ぼすものとは考えられない。けだし、引用例記載のTJ無線中継方式は、従来の方法で受信局部発振周波数を選択することによつて発生したであろう送信周波数と受信機のイメージ周波数がほぼ一致することによる前記妨害(ロ)を除去する機能を有するものであることがすでに認定したとおりである以上、もともとTJ無線中継方式においては、妨害(イ)のみは発生しないからといつて、前記TJ無線中継方式における妨害除去の技術思想のすべてを否定し去ることは到底できないことが明らかであるからである。
このように、TJ無線中継方式における送信側の構造の一部に関する審決の認定の誤りは、TJ周波数割当計画が妨害除去機能を有するかどうかの判断に直接影響しない事項についての誤りであるから、妨害除去という技術的思想の有無を検討するうえでは、重大な瑕疵ではなく、これをもつて、直ちに審決を取り消すべき違法とすることはできない。
3 (取消事由(二)について)
引用例第八二七頁第二図(成立に争いのない甲第二号証)および本件発明の明細書(成立につき争いのない甲第三、四号証)の各記載によれば、極超短波帯における無線中継方式において、各部分帯域における個々のチヤネルに対する局部発振周波数を周波数軸上における順序づけないし配置する関係自体については、本件発明と引用例記載のTJ無線中継方式とには、何ら差異がないことは明らかである。すなわち、いずれも、低い方の部分帯域の内の上の一部のチヤネルおよび高い方の部分帯域の内の上の一部のチヤネルに対するそれぞれ個々のチヤネルの局部発振周波数をそれぞれのチヤネルの中心周波数以下に選択し、低い方の部分帯域および高い方の部分帯域内の残りの一部のチヤネルに対するそれぞれ個々のチヤネルの局部発振周波数を個々のチヤネルの中心周波数以上に選択するものであるからである。
ところで、TJ無線中継方式においては、部分帯域の間隔を一三〇メガサイクル、各チヤネルの間隔を八〇メガサイクルと選定し、送信チヤネルには局部発振器を使用していないのに対し、本件発明においては、部分帯域間隔を約四〇メガサイクル、各チヤネル間隔を約三〇メガサイクルとして、送信チヤネルに局部発振器を使用している点で一応の差異が認められる。
しかしながら、本件発明において、部分帯域間隔を約四〇メガサイクル、各チヤネル間隔を約三〇メガサイクルとし、中間周波数を約七〇メガサイクルとしたその限定数値は、原告も認めているとおり国際電気通信連合(ITU)の常設機関であるCCIR(国際無線通信諮問委員会)が、推奨した周波数配置における数値として周知であり、また、送信チヤネルに局部発振器を使用するヘテロダインタイプ中継方式も、無線中継方式の一つとして周知であることは原告も認めるところであるから、本件発明は、従来周知のヘテロダイン中継方式に、CCIRによつて推奨された周知の周波数配置を採用し、その周波数配置において、TJ無線中継方式におけると全く同様に上下にずらした局部発振周波数の選択をしたにすぎないものと解される。その場合、本件発明においては、TJ無線中継方式に比して、部分帯域間隔および各チヤネル間隔が狭く、また、送信チヤネルにも局部発振器を使用していることにより受信周波数と送信局部発振周波数がほぼ一致することによる妨害(イ)を除去する機能をも備えるものとなるけれども、前記妨害(イ)は、通信妨害の一形態として周知であり、かつ、すでに周知のヘテロダイン中継方式にCCIRにより推奨された周波数配置を採用し、その周波数配置において、引用例記載のTJ無線中継方式と同様の局部発振周波数の選択をした場合には、妨害(イ)が除去されるであろうことは、その中継方式ならびに周波数配置のうえから当然に予測されるところのことである。
したがつて、本件発明においては、送信周波数と受信機のイメージ周波数がほぼ一致することによる妨害(ロ)のほかに、通信妨害の一部である妨害(イ)の除去機能をも備えていても、これによつて、格別の効果をもたらしているものとはいえない。
本件発明における前記のごとき具体的に数値限定された周波数配置が周知でないのならともかく、前叙のとおりCCIRによつて推奨され、すでに一般に周知な周波数配置である以上、局部発振周波数の周波数軸上における順序ないし配置関係が引用例記載のものと同一である本件発明においては、この数値限定は単なる周知の数値による置き換えにすぎないと解するほかないから、この点に関し、数値限定上の差異は、任意に選択し得るところの微差にすぎないとした審決の判断には誤りはない。
4 (取消事由(三)について)
すでに認定説示したところから明らかなごとく本件発明における「極超短波用通信伝送方式」は、引用例記載のTJ無線中継方式において、単に送信チヤネルに局部発振器が使用されていないベースバンドタイプ中継方式を、送信チヤネルに局部発振器が使用されているヘテロダインタイプ中継方式で置き換えるとともに、その部分帯域の間隔と各チヤネルの間隔をそれぞれ約四〇メガサイクル、および約三〇メガサイクルに変更したにすぎないものと認められる。ところで、極超短波用通信方式における中継方式としてベースバンドタイプやヘテロダインタイプがあり、互いに置換可能なものであることは、当事者間に争いがなく、また、部分帯域間隔および各チヤネル間隔も前叙のとおりCCIRが推奨した周知の周波数配置における数値にしたがつたものにすぎないし、前記のとおり中継方式や数値を変更したことによつても、本件発明が、格別の効果を奏するものとは認められないことは、すでに言及したところであるから、当業者において、本件発明におけるがごとく中継方式および周波数配置における数値を変更することには、格別の困難性はないものとみざるをえない。
この点における審決の判断には誤りはない。
5 以上のとおりであるから、審決が本件発明をもつて引用例記載の発明に基づいて容易に発明することができるものとした判断は、引用例記載の技術内容の一部についての誤認があるとしても、その結論においてなお正当たるを失わないものであるから、審決を取り消すべき違法があるものとはいえない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕 本件における特許発明の要旨は左のとおりである。
(一)高周波帯域が約四〇メガサイクルの周波数間隔で周波数上二個の部分帯域に分割され、(二)部分帯域は、中心周波間隔が約三〇メガサイクルの周波数間隔を有する個々のチヤネルに分割され、(三)且つ、約七〇メガサイクルの中間周波数を使用する端局並びに中継局の、ヘテロダイン送信機及びヘテロダイン受信機に、夫々別の局部発振器を用いる際、(四)前記高周波帯域にある周波数上低い方の部分帯域の内の上の一部のチヤネル、並びに周波数上高い方の部分帯域内の上の一部のチヤネルに対するそれぞれ個々のチヤネルの局部発振周波数をそれぞれのチヤネルの中心周波数以下に選択し、(五)且つ、周波数上低い方の部分帯域及び周波数上高い方の部分帯域内の、周波数上低い方に置かれた残りの一部のチヤネルに対するそれぞれ個々のチヤネルの局部発振周波数を個々のチヤネルの中心周波数以上に選択したことを特徴とする(六)極超短波用通信伝送方式。